1995年に院長が書いた当時のベストセラーのまえがき
30年前に書いたこのまえがきは今の私の気持ちと変わりません。
まえがき
最近、起こった事件を起きた順番に追いかけまわすワイドショーの レポーターのような医師が目につく。検査をやりまくり、異常値を並ベるだけでは内科学とはいえない。ビデオカメラをもって目に入るも のをすべて撮りまくっても、その膨大なビデオテープは編集されない限り誰もみることがないのである。
よい内科医とは、多くの知識を知っているということではない。いかにそれらの知識の重みづけをし、有機的に融合させることができるかである。細かい知識をひけらかすような医師は、確かに勉強家で文献学者かもしれないが、必ずしもよい内科医とはいえない。
やたらと問題点のみを羅列し、統合することをしないために、問題の解決が遅れてしまい、患者が治らないのみならず患者やその家族に満足すらも与えられないという場合がある。「治る」ことと「満足」は常に同じであるとは限らない。また科学の理屈と、統計とはいつも同じ結果を生み出すとは限らないし、統計が患者を満足させることもない。 Mega trial(大規模研究)の結果は重要であるが、それはあくまでも診察室の中の診療の一側面でしか過ぎないということも事実である。
世の中に氾濫している多くの知識や解説を実際使おうとすると役に 立ちにくいものであることを認識しつつ、経験がどのように生かされ、 統計がどのように使われ、科学がどのように関与するかを意識しながらこのマニュアルを書いた。
このマニュアルの第I部は、循環器の患者の問題点を整理し、理想 的な内科医たるための内科的な考えの進め方にたって、診断手順をまとめた。第I部は、最初から最後まで全部読んで欲しい。そして明日から患者に接するときに、早速応用して欲しい。第Ⅱ部は診断がつい た患者をどのように管理、治療していくかということを念頭において書いたものである。学会の流行に流されないようにしつつ、なるべく 最新の知見を盛り込むようにした。第III部は診断検査法についてまとめた。第IV部は抗凝固療法を、第V部では循環器内科で用いられる薬剤について書いた。これらは、決してすべてを網羅しているわけではない。しかし、頻度の多いものを取り上げたので、おそらく患者のうち90%以上はこのマニュアルで対処できるであろう。
循環器疾患のみならず、多くの疾患には医学の力が及ばないものが多い。この死にゆく患者に接するとき、その家族に接するときどのようにあるべきなのか。上智大学文学部のAlfons Deekenは、医師ができうることは、患者に生への手助けを「する」ことではなく、臨死者が死を受容できるように「いる」ことであるといっている。「いる」ことの重要性は、可視化された結果を追い求める現代医学には似つかわしくないかも知れないけれども、医者と患者の間にそしてその家族との間に 無言のうちに存在している。心肺蘇生、ボスミンの心注、ドブタミン の点滴も、「いる」ことができた医師により行われるのであり、「いる」 ことの重みを増すために行われるという場合もある。医師は、臨終の ときに患者とその家族に「死」に対して大いなる受容を与える偉大なコ ンダクターであって欲しい。
To cure sometimes
To relieve often
To comfort always (Ambroise Paré、1517-1590)
また死にゆく患者でなくても、患者は時に絶望的になったり、破産を恐れたりすることはある。とくに循環器疾患のようにその準備期間 なしに突然入院や、カテーテル検査をしなくてはならないような状況 に陥った場合には、このような事例は多いと思われる。よって医師は 常に患者の側に立ち、患者が他人にいえないさまざまな問題を抱えている可能性をいつでも念頭において、思いやりと哲学をもって医学を実践して欲しい。
医学と科学の最も重要な相違は、目的の相違である。医学はあくま でも社会からの要求の上に成り立つ実学であり、患者を治すことを目 的としている。一方、科学の目的は真理の追究である。真実が解明で きなくても患者が治れば目的は達成されているのである。患者が治ら ないのに真実を追究することは、医学を支えてくれている社会に対す る冒漬である。将来の社会のためという大義名分のもとに、今の目の前の患者を通じて真実の追究をはかることは医学とはいえない。しかし、医学の進歩のためにそのようなことが必要になる場合があるかもしれない。そのような場合には、患者の理解と同意を取りつけ、医学 という名の科学を行っていることをしっかり認識して行うべきである。
このマニュアルは、著者が実際に毎日診療しているそのものである。 最初から最後まで一人で書くことに執着したのは、診療に一貫性が重 要であるといつも思っているからであり、マニュアルを通して1人の循環器内科医を知り、私の後輩に循環器内科医の考え方の1例を示し、 これを読んだ医師が、このマニュアルから何かを得て読者自身の哲学に裏打ちされた医学を得てもらいたいと思ったからにほかならない。
病気中心ではなく、患者を中心に医療を実践するという慶應医学の基本に私を導いて下さった、慶應義塾大学医学部老年科・中村芳郎教 授、東海大学内科・半田俊之介教授、慶應義塾大学スポーツ医学研究 所・山崎元教授、慶應義塾大学医学部内科・小川聡教授、川崎市立川 崎病院・秋月哲史部長をはじめ、諸先輩に感謝する。
1995年7月
赤石 誠
